|
カテゴリ
お気に入りブログ
以前の記事
最新のコメント
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
無沙汰致しております。久しぶりのUPです。
皆さんからお借りした写真をここで紹介するはずでしたが、ずっとそのままになっていました^^。 で、今日から心機一転! 珍しい写真や懐かしい写真をUPしていきますね。 まずは、最近お借りした写真から、これは第十三回地方投炭競技会会場、とあります。会場はもちろん豊後森機関区です。この関係の写真はなんどかお預かりしましたが、、昔は[投炭]なんかやっていたのですね^^。投炭、炭を投げるって、いったいどうやって。炭俵でも投げていたのでしょうか? どなたかご存知の方があれば、こちらへお知らせ下さいね。 ※旗や後ろのSLの煙が、長めの露光で流れていていますよね。今だったら考えられないような2〜3秒の露出でしょうか。瞬きもできません^^;。 ![]() こちらは[キハ07]の脱線事故の様子です。コチラも以前からよくみかける写真です。詳細はわかりません。キハ07は昭和30年代に豊後森-小国間、つまり宮ノ原線を走った一般形気動車(ディーゼル動車)ですから、この区間の事故だった事はまちがいありません。多分昭和30年代なのでしょうね。 ![]() もしかしたら、以前機関庫物語の映画を制作したとき収集した私のスクラップにあるかもしれないけれど、どこにいったやら、あ〜あ、捜すのめんどくさっ^^;、この事故もご存知の方があれば、どうぞお知らせ下さい。 ※余談で上の事故とは対照的な話しですが、このキハの車掌さんとずっと以前お話しした事があります。宮ノ原線は長閑で、途中よく牛が「も〜〜うっ」と挨拶しながら、のっそのっそと線路を横切る事があったそうです。とにかくゆっくりだから、その間乗客と談笑しながら一服してたと言ってました。いいですよね〜そんな、1日が32時間くらいある時代^^。 広報担当/morisong
昭和30年代の航空写真です。丁度扇形をした機関庫がはっきり見えます。
![]() ![]() 写真提供/保存委員会会長 河野博文 ![]() 上の写真は機関庫内内部の様子。旋盤を使って作業。なにか部品の修理でもやっているのでしょうか。写真提供/田坂辰義 ![]() 昭和9年11月15日。この日は久大線が機関庫を中心に動き出した日である。豊後森機関庫として開設され、翌16日には盛大に落成式が行われた。開設当時は機関車18両、職員は116名でスタートした。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ●1999年11月 玖珠九重地方振興局主催による 「時代の移ろい」機関庫morisong写真展 於 大分オアシスひろば(NHK) ●2000年5月 豊後森駅開業70周年記念実行委員会による 「時代の移ろい」morisong機関庫写真展 於 玖珠町 ●2001年9月 地元商店街の店主など数名が中心となり機関庫保存準備会結成。 保存の為のコマーシャルビデオ(10分)制作 国の登録有形文化財を目指して豊後森機関庫保存のチラシ・署名簿制作 ●2001年11月16日 機関庫保存決起大会開催 機関庫ビデオの放映、同時に国の登録有形文化財目指して1万人の署名活動開始。 ※保存の為のmorisong機関庫ポストカード10枚セット販売 ※保存の為の機関庫機関庫名刺販売 同日/保存準備会は会長・事務局・広報など選出して、名称を豊後森機関庫保存委員会(会員29名)に名称変更、この日より広範にわたり署名運動を展開。 ●2002年2月 署名は3ヵ月で22,437名分が集まる。 ●2002年2月20日 署名と陳情書を添え、玖珠町と玖珠町議会へ提出。 ![]() ※保存のための機関庫資料パネル(A2/50点)の製作開始 ●2002年4月12日 豊後森機関庫をテーマに大分大学生の作品展開催 (主催/保存委員会) ●2002年5月 第1回 豊後森機関庫スケッチ大会(主催/玖珠ライオンズ) ●2002年7月18日 機関庫問題についてJR九州大分支社で初の協議(JR大分支社)玖珠町からは町長、玖珠町企画課より2名、保存委員会から4名 ●2002年11月16日「時代の移ろい」機関庫シンポジウム開催(主催/保存委員会) 短編映画「時代の移ろい・機関庫物語」30分を上映/機関庫資料パネル50点を展示 常田富士男さんによる豊後森機関庫の思いでと講話 ●2003年3月 豊後森機関庫保存感想文コンクール開催 ●2002年4月 機関庫募金活動を開始 ●2003年4月 玖珠町議会で玖珠町長が豊後森機関庫の用地買収を発表。 ●2002年5月 第2回 豊後森機関庫スケッチ大会(主催:玖珠ライオンズ) ●2003年5月31日 機関庫保存チャリティー川岸宏吉コンサート開催 機関庫物語作曲者によるコンサート(主催:保存委員会) ●2003年10月5日 第1回 機関庫まつり開催(主催/玖珠町商工会青年部) ●2003年11月11日 大分県知事 機関庫を視察 ●2004年10月17日 保存の為の機関庫トレーナー(企画制作/保存委員会) ●2004年10月17日 第2回 機関庫まつり開催(主催/玖珠町商工会青年部) ●2004年10月17日 全国 機関庫キャラクターコンテスト(主催/保存委員会) ●2004年10月15日 第3回 機関庫まつり前夜祭ライトアップ(主催/玖珠町商工会青年部) ●2004年10月16日 第3回 機関庫まつり開催(主催/玖珠町商工会青年部) 現在に至る。 ---------------------------------------------------------------- 豊後森機関庫保存委員会 お問い合わせは/企画広報室 morisongまで morisong29820@gmail.com ![]() あれからもうすぐ5年になりますが、今年はようやく私たち保存委員会の願いが実を結ぼうしいています。今年はこのノスタルジックで素晴らしい鉄道遺産「豊後森機関庫」をどのようなかたちで未来に継承すべきなのか、地元の皆さん、そして地元行政が一体となって、真剣に考えていただきたいと思います。 ![]() ![]()
今年は何度も寒波が押し寄せています。玖珠町も例年になく積雪量が多いようですね。
いまから紹介するこの写真は昭和43年2月の大雪です。 この時宮原線では開通以来3日間の運行停止だったそうです。沿線の各駅では、職員総動員で除雪作業が行われそれでも間に合わず、九重、小国両町よりの救援要請で消防団、沿線住民総出の除雪作業が行われたそうです。ここ豊後森機関区もご覧の通り大雪、総動員で除雪を行っています。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2004年10月 機関庫トレーナー制作 保存委員会オリジナルの特製機関庫トレーナー。町民や鉄道ファンにとっての“限定グッズ”として販売販売。開始後すぐに売り切れた。 ![]() ![]() …………………………………………………………………… 機関庫討論会 おとなも子どもも…みんなの力が結集して、行政も動き出した機関庫保存運動です。この場では機関庫に関する情報をお待ち致しております。あなたの機関庫に対する思いや、これからどのように活用していけばいいのか、また機関庫にはこんな想い出が等々、屈託のないご意見、ご希望をこの場でお聞かせ下さい。但しこの場を誹謗中傷する類の情報、またはそれに類似する記事は管理者の判断て削除致しますので何卒ご了承願います。 ![]() comments 下のバーのComments をクリックしてあなたのメッセージを書き込んでください。……………………………………………………………………
豊後森機関庫保存委員会は、豊後森機関庫の歴史を「時(とき)代の移ろい」というテーマで物語を制作した。その一部をこのブログで少しずつ時間をかけて紹介していくことにする。
………………………………………………………………………………………………………………… この物語の発端は今から100年ほど前にさかのぼらなければならない。 1896年(明治39年)当時郡会議長であった麻生観八は玖珠郡に鉄道をと、群議会をまとめ大分県に請願、また、時の県会も久大線敷設の必要性を満場一致で可決、当局大臣に請願した。その後鉄道敷設の協議は大分・日田・久留米で度々開催されることになった。請願から17年後のこと、1913年(大正2年8月)大分市で設立された大湯鉄道株式会社は大分-小野屋間を買収した。つまり、久大線最初の工事はこの年に始まったのである。1915年 (大正4年10月)大分 〜 小野屋間が開通。その後次々とレールは敷設されいった。1923年 (大正12年9月)小野屋 〜 湯平間 開通。1925年 (大正14年7月)湯平 〜 湯布院間 開通。1926年 (昭和元年11月) には玖珠郡内最初の鉄道野矢駅が開通。1928年 (昭和3年10月)野矢〜豊後中村駅が開通。 そして・・・1929年 (昭和4年12月15日)引治、恵良、豊後森駅が開通することになる。 …………………………………………下の写真は昭和4年恵良駅開通当時 ![]() ………………………………………………………………………………………………………………… ●明治末期の蒸気機関車はアメリカ製。 8607号機/当初は民鉄(私鉄)だった九州鉄道がアメリカのAlco(アルコ)社で明治32年から61両輸入、さらに、北海道や樺太から5両が持ちこまれ、合計66両で昭和の中ごろまで九州で運用された蒸気機関車。動輪が3個であることから旅客用であることがわかる。 明治41年/当時の官鉄(国鉄)により九州鉄道の施設・車両・鉄道員すべてが買収され、官鉄は鉄道院になる。 明治42年/買収後民鉄よりの編入車両の形式称号を一新した際に8550形式とされる。 下の写真8607号機は8550形式の58番目の機関車だ。 ![]() ![]() 大分県玖珠の恵良駅開通当時、これに良く似た機関車(左下の写真)が当時の新聞(豊州新報)に掲載されている。写真提供/浅野初松氏 撮影場所未定 …………………………………………………………………………………………………………………次項へ
▼昭和4年12月 開通間近の豊後森駅の様子
![]() ![]() ![]() ▼昭和8年5月11日 森駅(現在の豊後森駅)に決定した機関庫は当時の鉄道省の指令で正式工事の認可がおり、熊本鉄道建設事務所の手によって同月より工事着工にかかった。 ![]() ![]() ▲当時の機関庫図面 ▼下の図面は平成13年10月、大分建築士会玖珠支部の手により制作された図面 ![]() …………………………………………………………………………… ●昭和13年年6月15日 豊後森機関区表彰 ![]() ![]()
豊後森機関庫キャラクターコンテスト発表及び講評
(2005年10月16日発表) 豊後森機関庫を全国にアピールするため、機関庫キャラクター募集を行いましたところ、107作品の応募がありました。先日、機関庫保存委員会会員が審査に当たり入賞作品9名と一家族、並びに入賞作品12名を選出。入賞・入選作品は今回機関庫まつりの保存委員会会場に展示しました。選考にはかなり時間をかけましたが、受賞作品はどれも甲乙付けがたい作品ばかりでした。大賞に選ばれた作品をご紹介します。 ![]() 機関車と機関庫を円の中にうまく配し、なおかつシンプルにまとめ上げた大変素晴らしい作品でした。またなによりも可愛く、そして明るく未来志向が受賞のポイントに。 全員一致で今回キャラクターコンテストの最高作品です。この作品は今後、機関庫のTシャツやステッカー、その他いろいろな機関庫グッズのメインキャラクターとして利用していきます。是非とも、町民の皆さんで可愛がって頂きたいと思います。 ●その他の入賞者(敬称略) 玖珠町長賞/中学生の部最高賞 穴井秀佳(玖珠中1年生)・九重町長賞/蒲地 百合子 (日田市)・玖珠町教育長賞/友碇蓮(玖珠中)・九重町教育長賞/左藤麻美(同)・玖珠町商工会長賞/竹内愛里(同)・玖珠町法人会長賞/今井守一(長野県)・大分合同新聞社賞 安富勝弘(熊本市)・西日本新聞社賞/高倉孝行(日田市)・ファミリー賞/川辺真由美・昭裕・美紀・裕之介(玖珠町) みなさんおめでとうございます。…………………………………………………………………… ★★★★★キャラクターのステッカー(案)★★★★★ 『コッキーちゃん』(仮称)デザイン ![]()
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||